【花井哲郎】フォーレのレクイエム
パリも、もう6日目。メトロもバスの路線も大分慣れたな。前にパリに来たのはいつだか憶えていないけれど、もう20年はたつのではないかと思う。その頃はなかった「ナヴィゴ」という磁気カードがあり、メトロもバスもそれをタッチするだけで乗り放題なので、とても楽。詳細な地図とバスの路線図とにらめっこして、ルートを考えてからホテルを出る。

そして到着した翌日から、毎日足が痛くなるまで精力的にあちらこちら見て回った。パリにいくつもある、いろいろな時期に作られたゴシック様式の教会を訪ね、ルネサンスとバロックの絵画をたくさん見た。ちょうど、再オープンしたばかりのリュクサンブール美術館でクラナッハの展覧会をやっていたので、もちろん見逃さなかったし、ルイ14世時代の美術にも少し詳しくなったかな。ヴェルサイユ宮殿の18世紀の歴史的な歌劇場で上演していたパーセルの「アーサー王」も見ることができて、喜劇的演出でこれはめちゃくちゃおもしろかった。ルーブルではギリシャ・ローマの彫刻に改めてその生命力と完成度の高さに驚嘆して、結局ヨーロッパの文化というのは、中世のゴシックを除いては、どの時代もこの遺産を引き継ぎ、これと格闘しながら形成されていったのだという思いを新たにした。



今日は、フォーレのレクイエムの演奏会があるというポスターを街角で見たので、フナックにチケットを予約して聴きに行くことにした。17世紀までの古いものばかり見てきたので、フォーレにちなんで、ここでちょっと趣向を変えて、まだ行ったことのないオルセー美術館に行って、19世紀後半から20世紀初頭の雰囲気に浸る。印象派は去年も日本に来たのでいろいろ見たけど、やはりオルセーであれだけの数をまとめてみるのはまた格別。ゴッホもたくさんあって感動。でも特に印象派以前、19世紀末の古典的な絵画にとても惹かれた。引き続き見たオランジェリーでのモネやルノワールの名画たちも、よく目にする複製とは全く違って、本物ならではの美しさにあふれて、去りがたいほどだった。絵も音楽も、やはり生でないと。

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そういう準備をして、夜に演奏会へ。これを聴こうと思ったのは、会場が、フォーレがオルガニストを務めていたマドレーヌ教会で、レクイエム初演の場所、まさにそのオルガンを使っての演奏だということだったから。ポール・ケンツ指揮。大昔に聞いたことのある名前で、相当なお年だろうと思っていたら、やはり真っ白な髪のおじいさんだった。プログラム前半が大オルガンでバッハのトッカータとフーガニ短調と、祭壇の上に陣取ったオーケストラと祭壇裏にあると思われる小オルガンでヘンデルのオルガン協奏曲。大教会うしろのバルコニー上の大オルガンと、どうやって合わせるのかと思ったら、前に小オルガンがあったんだ。姿は見えませんが祭壇脇のコンソール(演奏台)は見えてます。

最近の古楽とは無縁の時代がかった演奏に、むしろこの19世紀の歴史的オルガン、やはり19世紀に完成した古典的な大教会によく合うようで、ものすごい残響に包み込まれるように心地よく聴けた。後半のレクイエムの合唱は、みなさんかなりご高齢で、地元のアマチュア合唱団という雰囲気、指揮者と共に年輪を重ねたのかな。ハーピストも髪の長い美女ではなく、どう見ても少なくとも70台後半以上のおじいさん。かなり心配したが、達者に弾いていた。最初から演奏には期待していなかったけど、すべてが柔らかく響く音響の中で、典型的な19世紀フランスの、これも、フル・オルガンの時でさえ鋭い音の全くない美しいオルガンの音色を楽しんでいた。

始めのうちは素人っぽい合唱に我慢していたが、そんなことも忘れて、聖堂を静かに満たすオルガンの重低音に身をゆだねながら、いつしか音楽の中にどんどん入っていった。父のお葬式の時にサレジオ教会で音楽仲間をかき集めて、ハープをバルコニーに運び上げて、このレクイエムを演奏したことを思い出していた。3月、間もなく命日だなあ。数日前にその親友3人組の最後の一人が亡くなったという知らせをメールでもらっていたことも思い出していた。そしてオルガンのハ長調の和音に続いて、若い中国人のソプラノ歌手が、なんとも美しい声でピエ・イエズを歌い始めた時、急に涙がこぼれだして、止まらなかった。そして、音楽を聴きながら祈った。アンコールは、アムステルダムの聖歌隊を指揮していた頃、よく歌ったラシーヌの賛歌だった。この曲を耳にするのは、その頃以来だ。聖歌隊員のお葬式は何回もしたし、今となっては生き残っている人はもうほとんどいないだろう。その人たちのことも、祈りながら聴いた。

なんだか、このためにパリに来たのではないか、とさえ思い始めていた。半世紀以上生きて、そのお誕生日を祝ってもらって、初めて、自分自身も年齢を重ねたことを感じた。それが味わい深いことだと思えた。同年配のエドとワークショップで歌い、共感して人生を語りあえた。指導していた有能な若いドイツ人たちを、若さゆえのいたらなさも含めて、何だか目を細めて見ていた。彼らに指導されることに、何年か前ならかなり反発を感じただろうけど、今は全くそんなことはなく、すべてを許容して楽しんでいた。絵を見ても建築を見ても、知識と経験の蓄えがあるから、きょろきょろせずに、いろいろ調べたりする必要もなく、それが何だかすぐにわかる。かつて見たもの、読んだものとつながり、作品の深みに入っていくことができる。どこへ行っても驚くほどたくさん右往左往している観光客の中に立っていても、目の前の芸術を心底楽しむことができる。そして、レクイエム。父の年齢に達するにはまだ四半世紀あるが、何だか、自分も往ってしまった人達の仲間入りをしたような、そんな思いがしてならなかった。そして、終演後にゆっくりとメトロの入り口へ向かう観客のおばあさんたちと同じくらいゆっくりと、すり減ってでこぼこの石畳をかみしめるようにホテルに歩いて帰った。

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by fons_floris | 2011-03-05 23:00 | 花井哲郎
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