アントワープ便り II (3)
デジタルな音楽、異次元空間をつなぐ音楽
 プレゼンテーションでは、一つのグループが「最優秀」として選ばれ、CDの製作を始めとした今後の演奏活動への支援が提供されることになっている。今回選ばれたのはアメリカの歌手3人からなるアンサンブルで、高い技術と完璧な仕上がりで他を圧倒していた。本番の演奏をそのままCDにしても売れることだろう。
 カペラは選ばれなかった。しかし、感動してくれた人たちの励ましはいただいた。ドイツから来ていた「審査員」の一人は、8団体中最後に演奏したカペラの 1曲目を聴いたときに、選ばれるのはこの団体だ、と確信していたと言ってくださった。彼にとっても問題だったのは、その後の演奏曲中に音程が定まらない部分、パート内で音程がずれてしまった所があったことだった。「もしマイクの後ろでこの演奏を録音する立場にあったとしたら」という視点から、彼もアメリカのグループを推すことになった。
 5人の「審査員」の全員と演奏後にゆっくり話したが、その評価の内容は人によってかなり異なり、おかしいようだった。一つのポイントには歌手の動きがあった。同じカペラの歌手でも、他のグループや独唱者として歌うときとは違う発声、音楽の仕方をするので(日本の歌手は生活のためにもあらゆる仕事を引き受けなくてはならない)、その助けになるように、またこのような歌い方をしているとある程度自然に体や手が動いてしまう。もちろん現代の普通の演奏会ではヨーロッパでも歌手は大抵ほぼ直立不動で歌う。それに馴れた聴衆にカペラの動きは奇異に見えるだろう。太極拳の様だとの評さえあった。しかしそれが音楽に合ってよかったと思う人と、目ざわりに思う人がいた。また、レベッカの影響が強いので、特にレベッカの音楽を評価していない人は「レベッカ的過ぎる」と言ったが、他の人は、レベッカ的だが独自の響きがあってそこが良かった、と言ってくれた。
 声を張り上げない歌い方について批判的な評者も、残響の多い教会なら問題ないだろうということだった。会場のチャペルは16世紀のすばらしい作りだが、小さい場所で、演奏会場としてしつらえられていたせいもあり、残響が少ない。もちろんそのような状況に合わせて歌い方を工夫するべきなのだが、今回は対応しきれなかった。反省すべき点であるには違いない。しかし歌い方を根本的に変えることはできない。真価を発揮できるような場所で歌うことが重要であることには変わりない。だからコンサート・ホールをまわるような企画はカペラはあまり好まない。
 音程が狂ったことは弁解の余地がないし、改善するべきことだが、コーチングを含めて、欧州各国の音楽関係者からのさまざまな指摘を総合すると、やはり、コンサート・ビジネスとして成り立たせる、お客様を楽しませる、CDにして売れる、といったようなことためのアドヴァイスという意味合いが、その背後に色濃く感じられた。もちろん、音楽を続けていくためにとても重要な要素だ。カペラは宗教団体でも慈善事業でもない。だが、どうも何か違う、気をつけないと飲みこまれてしまう、本質を見失ってしまう、という気持ちが強く残った。何のためにカペラの音楽をやっているのか、それを忘れてはいけない、と自分に言い聞かせ続けよう。人には聞こえない天体の音楽を追い求め続けるのは容易なことではないのだ。
 「CDにするとしたら」という点にも実は引っかかっている。もちろん音程がずれては売り物にならないし、CDでなくても容認できる事態ではない。しかしながら、カペラとして1枚目のCDも出していながらこう言うのもなんだが、デジタル文化の弊害はないのだろうか。
 音楽祭期間中あるコンサートに10分ほど遅れて着いたことがあった。放送局も入っているし、遅れたほうが悪いのだから、と言われて門前払いを食らってしまった。遅れた人が入れないような会場作りにしているほうが悪い、と思ったし、同業者としてこういう対応は理解できない。後で音楽祭主催者のひとりである知人にこの話をしたら、最近ベルギーではこういうことはとてもうるさくなっている、何万円もするオペラ公演でも数分遅れただけで入れずにチケットが無駄になることがある、その理由は、時間どおりに来た観客が煩わされずに完璧な状況で音楽を楽しむ権利があるから、ということだという。時間通りに来て、ゆっくり音楽を楽しもうとしているお客さんにとって当然の要求だ。しかし、他の見方もあるのではないだろうか。大事なものを忘れてはいないだろうか。家のリスニング・ルームでノイズの全くないCDを楽しむという習慣を、演奏会場にも持ち込んでいるのではないか。そのことによって、ノイズ以上に切り捨てられてしまっているものはないか。
 演奏会が一種の社交の場でもあった19世紀の会場の雰囲気はどんなだっただろう。オペラハウスでは序曲が終わったころぞろぞろとお客が集まるなんていうこともあったろう。それよりも、15世紀の教会音楽が演奏される典礼の場の状況はどうだったか。大教会に付随するサイド・チャペルで行われた「サルヴェの祈り」のような私的な典礼であっても、とおまきに見物・お祈りする人の群がりがあったことは容易に想像できる。そのような典礼の後にはきまって慈善事業として食料などが無料で配られたからだ。教会前の広場からは物売りの喧騒が聞こえてきただろうし、典礼に合わせて、あるいは無関係に教会の塔からは鐘の音がガンガン聞こえてくる。教会の向かいにそびえる鐘楼ではカリヨンがメロディを奏でている。聖歌隊が歌っている間祭壇前の司祭はぶつぶつと祈りの文句を唱えている。お香を炊くたびにがちゃがちゃと鎖があたる音がする。
 そして音楽はただ鑑賞されるためだけにあるのではなく、年間の暦、季節ごとの行事に密接に関連した生活の中で欠かせない多くの要素の一つだったし、特に宗教音楽は人々の切実な魂の願いを神に届ける道具だった。有名なファン・アイク兄弟によるヘントの「子羊の礼拝」を始めとする15世紀フランドルの祭壇画には、聖人たちが当時流行した衣装をまとって描かれている。天上のエルサレムを表した背景の風景にある街の様子は、どうみても、ヘントやブリュッヘに今も残されている中世フランドルの街並みそのものだ。天使たちが奏でる楽器は当時使われていたものを忠実に描写したものだし、絵の両端には手を合わせて拝む寄進者の姿が添えられている。しかしすべてはもちろん理想化され、美しい色彩で現実離れした構図に収まっている。祭壇画はその前で礼拝する人々、同時代の風景、そしてそこで行われている典礼、音楽を呑み込んで天界へとつなぐ魔法の扉のように見える。同じように、高度に訓練された歌手たちの歌うポリフォニーは、天使たちの声を地上に具象化するもの、あるいは現実の音によって祭壇の前にひざまづく人々の魂を天界へと高める、魔法の乗り物だっただろう。
 個室でデジタルな音を楽しむ状況とはかけ離れている。だが、当時と同様の役割を、この音楽が現代においても担えると、私は確信している。生活や宗教・文化の形態は相当異なっても、地理的・時代的にフランドルからは遠い現代日本の大都市のど真中においても。

c0067238_20392439.jpgワークショップの発表が終わり、開放感にひたるメンバーたちとレベッカ


カペラ・プラテンシスとレベッカ
 霊性の香りに満ちた音楽と、「この世」がうまく折り合わない実例に出くわすことになってしまった。他でもない恩師レベッカ・ステュワートが創立し育ててきた声楽アンサンブル「カペラ・プラテンシス」が、レベッカと手を切ることになってしまったのだ。アントワープで日本のカペラのみんなと聴いた演奏会が、レベッカ最後の演奏会だったことを打ち上げのときにメンバーから聞いた。
 最後の演奏会は、レベッカの音楽を精一杯表していることはわかったが、精彩に欠け、疲れのみえる演奏だった。そのような状況の中でいい演奏などできるはずがない。レベッカは全力を振り絞っていたと思うが、いつも教育に全身全霊をささげるがために、自分を省みずに使いすぎてしまう疲れ気味の彼女の声だけが、何とかいい音楽をしようと浮いてしまっていて、他の歌手はそれに応えきれていないという印象だった。
 レベッカは妥協しない。興行的にうまくいくために音楽への取り組みを変えることはしない。メンバーひとりひとりに技術的、精神的なアプローチを徹底させようとする。いわゆる美声で音程がそろっているだけのような音楽に、ほんの少しでも傾きそうな気配が感じられると厳しい口調で注意する。愛の化身のような人だけに、その言葉は歌手にとって重い意味を持つ。だから、時間もかかる、エネルギーもいる、誰か都合が悪かったら代わりの歌手をぽんといれるようなことは絶対にできない、要するに興行的には割が合わないのだ。プラテンシスの人たちはむしろ今まで良くやってきたと褒めてあげるべきなのだろう。プラテンシスの「経営陣」が新しくなったこともあり、いよいよもうやっていけない、ということになってきたのだという。
 打ち上げの際、会場近くの広場にテーブルを広げたカフェでおいしいベルギー・ビールを飲みながら、レベッカはしきりに日本から来た私たちと話をした。そして夜もふけて別れたとき、私たちを見送って自分の荷物を片手に持ったまま、いつまでも広場に立って手を振っていた。「あなたたちには迷わずにこの道を進んでほしい」という願いを託しているかのように。

つづき
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by fons_floris | 2002-09-01 00:00 | カペラ
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