4月1日にTBS系の新しいデジタル・ラジオ放送OTTAVAが開局した。国内初のクラシック音楽専門局の誕生だ。本格的にじっくりと音楽と向き合うというよりは、一般向きに、軽く聴きやすい構成になっている。まだデジタル・ラジオ放送そのものが普及しておらず、受信機はauの携帯電話数機種に限られているが、パソコンがあればインターネットで誰もが聴くことが出来る。
このOttavaの9つすべてのワイド番組で、何とわがヴォーカル・アンサンブル カペラが演奏する15、16世紀フランドルのポリフォニー楽曲がテーマ曲として使われることになった。「カフェ」と名付けられた一連の番組でも一部カペラの演奏が使われている。さらに、放送局のトレードマークのような「ジングル」も、カペラがこのために新たに録音した。十数秒の断片を、様々な曲から切り取ってジングルとしたのである。番組の合間などに定期的に流れている。 ところで、カペラはそのその創設以来、古い宗教作品を教会で、古い記譜法で、それにふさわしい発音と発声で演奏し、また、その背景を理解して聴けるよう、レクチャーコンサートやワークショップを開催してきた。祈りの場で、祈りのために歌われる音楽の演奏法、鑑賞の仕方には、一般のクラシックなどの音楽とは異なるアプローチが必要なのだ。また、そのような取り組みによって作品本来の良さが引き出され、キリスト教信者ではなくとも、この音楽によって心が清められ、日常とは違う次元の世界に目が開かれる想いが出来るようになる。これはOttavaのような放送に象徴される、現代のデジタル音楽文化とはある意味でまったく相反するものである。つい先日も季刊『合唱表現』2月号に一文を寄せ、次のように述べたばかりである。 〈しかし、コンサートホール、ライブハウス、さらにはCDやインターネットによる音楽配信とデジタル・オーディオ・プレーヤーが音楽鑑賞の中心であり、情報の並列化が音楽にも及んでいる現代において、このようなことを実現するのは大変困難である。永遠を思わせる息の長いフレーズは祈りに必要であっても、ヘッドフォンの中では退屈と感じられて、曲の途中でもスイッチ一つで次の曲へとスキップされてしまうかもしれない。歴史的演奏には、歴史的聴衆も必要なのである。聴衆がその時求めているものが何かによって、演奏そのものが変わってしまうという面もあるからだ。〉 Ottavaからカペラにこの話があった時、もちろん大変躊躇した。しかし、「これが流れているとその場の空気がきれいになるような」放送、都会の喧噪や、扇情的、刺激的な文化、また日々の労苦に疲れている人が安らぎと癒しを得られるような番組作りを目指している、ということを伺い、これはカペラが追求している音楽作りに通ずるところがあるのかもしれない、と思い、結局お引き受けすることにした。何よりも、そのような局の方針に、私たちの演奏する音楽がふさわしいと考えてくださったことが、とても貴重で、有り難いことだと思う。ルネサンスの宗教作品が現代日本に、私の思いもよらぬ仕方で貢献できるということは、それはそれで素晴らしいことだ。 これを機会にマス・メディアに大進出して、TBSテレビなどでも大活躍する、といった予定も方針も、もちろん全くない。カペラはただ今まで通りの活動を、その信念を貫いて継続していくだけである。しかし、この放送によって、カペラの音楽にもっとふれたいというファンが一人でも増えて、偉大なフランドルの音楽遺産がもたらしてくれる喜びを共有することが出来るようになればと願っている次第である。
by fons_floris
| 2007-04-02 00:00
| カペラ
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