【花井哲郎】ミッデルブルグ便り2009(2)
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7月14日(火)
ヴォルフガング君の発表で始まったこの日のシンポジウム、ハイライトは何といってもジョスカンの肖像画問題でしょう。最後の演奏会を担当しているイタリアのグループ「ラビリント」の指揮者 テストリン Walter Testolin の発表によると、ミラノにあるダ・ヴィンチの有名な「音楽家の肖像」の、音楽家が手にしている楽譜の紙切れに J O S Q I N の文字がかすかながら読み取れるということで、この絵の制作年代と思われる1480年代にミラノにいたジョスカンが、1450年から1455年生まれとするとちょうど三十台で、肖像画の人物の年齢に合致し、黒い上着にピンクのストールを掛けている姿はミラノ公の聖歌隊員の姿であると思われ、これがジョスカンである可能性は高いという。紙切れの楽譜は、一度は上塗りして消されていたのを修復したもので、一部を除いて痛んでおり判読不能だが、ジョスカンの名前が歌詞に織り込まれているモテット Illibata の一節と見ることも出来なくもない。などなど、どの発表よりも発表後の反応が大きく各方面から声が上がっていたのが、おもしろかった。さてさて、世紀の画家ダ・ヴィンチが巨匠ジョスカンの肖像画を描いたということになれば、これほど素晴らしい話はない。なにより、この男前の人物がジョスカンなら、文句を言う人は誰もいないでしょう。




この日の演奏会はカピリャ・フラメンカ Capila Flamenca、リーダーはレベッカ率いるカペラ・プラテンシスに一時属していたこともあるディルク Dirk Snellings で、プラテンシスと共に日本に来たことあり、その時ずっとグループに付き添ってお世話していたので、それ以来の友人、アントワープのフェスティヴァルなど、帰国後もヨーロッパに行った際時々会っていた。2007年カペラでルクセンブルグに行った際、お城の観光をしたのだが、なんと、そこでやはり観光旅行中のディルクにばったり出会ってお互いにびっくり。演奏会前にアルバートと、会場である新教会 Nieuwe kerk のオルガニストであるアルバートの奥さんがオルガンを聴かせてくれるというので、ぞろぞろ出かけていったところ、まだディルク達のリハーサル中で、どうも危なっかしいリハーサルで心配になってしまったが、そこで再会を喜んだ。
c0067238_1544495.jpgこの教会にはオランダ最古のオルガンがあるのだが、残念ながらフロント・パイプとケースのみで、音は出ない。15世紀末ということで、まさにジョスカンの時代の楽器を目にするだけでも感慨深い。16世紀に付け加えられたリュックポジティーフも備える楽器で、時代的に、ブロック・ヴェルクの楽器だから、容易には復元できない。まだ個々のパイプを別々に鳴らすストップの構造がない時代、すべての種類のパイプを同時に鳴らすブロック・ヴェルクの響きを是非聴いてみたいものだ。
アルバートの奥さんが弾いてくれたのはもう少し近代的な大オルガンの方で、一つのテーマに基づく即興演奏で、いろいろな音を聴かせてくれた。手慣れた感じの素晴らしい即興で、久しぶりにオランダのオルガンを楽しんだ。

さて、ディルク達のグループは男声ばかり5人で、カペラで録音したばかりの Missa Mater Patris の一部もプログラムに含まれていた。彼らの演奏は、CD もあるし何回か聴いている。ディルクもカウンターテナーのマルニクス Marnix もテノールのふたりもみな素晴らしい声なのだが、今日はどうも調子悪そうで、リハーサルの時から音程が下がり気味のまま、ディルク自身はいろいろニュアンスを出しながらリードしていたが、グループとしてはどうも表情に乏しく、みんなそれぞれに譜面台の上に置いた楽譜をにらんだまま、直立不動で腕を組んで仏頂面で歌うので、見た目も何か仕事してる感じ。いい声なので響きは楽しめるし、前日のエギディウスよりはずっと美しいが、聴いていてどうも音楽に入っていけない。同じブリュメルの Mater Patris を元にした、ジョスカンではなく別の作者不詳のミサ曲の一部も演奏されたが、これはジョスカンと比較できて、曲としてとてもおもしろく、演奏もなかなか説得力のあるものだった。
しかしながら、これまでの3つのアンサンブルに共通しているのは、大筋においてはきちんと演奏しているものの、細やかなニュアンス、工夫、言葉の表現などに欠けて、どうもとりあえず音符を音に変換している、といった印象が強い。それもやっとこさ本番に間に合ったような感じの曲もあり、世界最高のジョスカン学者が集結する場なんだから、もう少しちゃんと準備しておこうよ、と言いたくなる。私だったらすべてを犠牲にして懸命に練習重ねて、そのうえでさらにがちんがちんに緊張しそうだが、この人達みんないたってマイペース。
カピリャ・フラメンカの演奏にはフィクタや、テンポ・リレーションが独特の箇所があり、そのたびに最前列2列に陣取った学者のお歴々がびっくりしたり、お互いににんまりしあったり、声こそ出さないが笑いこける感じでのけぞったりで、それに気づかざるを得ないディルク君も苦笑気味。こりゃ、やりにくいよなあ、いくらなんでも。
この日はリュートではなくオルガンで、ジョスカンのオルガン編曲が合間に演奏された。リュート編曲もそうだが、たいてい原曲がわからないほど装飾的なパッセージが盛りだくさんになっているものだが、この手の曲は、それにもかかわらず原曲の流れを維持しながら、軽くそれを飾るようにパッセージを弾いていくところにこつがある。カベソンなどそのいい例で、あまりゆっくり、パッセージばかりに気を取られて全体の流れを見失うと、何の曲をやっているのだか、何がおもしろいのだかわからなくなってしまう。せっかくのジョスカンが装いを新たにするのではなく、ただ余計なものをくっつけて原形を損なわれるだけのようなことになってしまう。どうもこの日の演奏はそのあたりをうまくこなしているとは言えないものだった。このオルガニストは、歌はあまり歌わない人ではなかろうかということが、編曲していないモテット Mater Patris をそのままオルガンで弾いた時に感じられた。音を切り切り、あちこちで流れが止まりそうなアーティキュレーション。いくら何でもこうは歌えないよなあ。それがオルガン的な語法としておもしろみがあるならそれもいいかもしれないが。ルネサンスのオルガン演奏はいつか本格的に取り組みたいと思っているジャンルだが、ふさわしい楽器がないこともあり、あまり手をつけていない。これを聴いて、ちょっと使命感が込み上げてきてしまった。

7月15日(水)
早くも最終日、毎晩ビールで帰りは夜中の12時過ぎ、発表は朝9時半から、英米独蘭人の癖のある早口英語を懸命に聞いてきたので、さすがに脳みそがじんじんして、思わずこっくりしそうになる3日目だった。一番最後の発表をしたのはイタリア人のカルロ Carlo Fiore。美しく禿げ上がった頭、濃い髭、鋭い目つきの骨太な男で、いつも一人でいるので何者かと思ったが、イタリア語をしゃべっているのを聞いて、英語が苦手なことが判明、時々お話しするようになった。音楽学を教えるほかグラフィックデザインもしているという。今回のシンポジウムのパンフレットやポスターは彼が作った。

c0067238_1546178.jpgシチリアはパレルモから来ている大変なジョスカン通で、ジョスカンに関するイタリア語の著作もある。エルダース氏がパレルモに彼を訪れたことがあって、彼ほどのジョスカン関連の文献コレクションを持っている人は見たことがないという。発表は周到に準備された英語のペーパーを、甲高く響く美声で流暢に読み上げていた。相当練習したな。15世紀末から20世紀初頭に到るまで、ジョスカンの名前が言及されているあらゆる資料を収集しており、それをこれからウェブ上で公開するのだという。ほんの一週間前にふと立ち寄った図書館で、何気なくページをめくっていた18世紀(?) の本に、寓意的なロバが「ジョスカンはかつてこう言ったものだ:ラソファレミ!」という一節を見つけたと紹介していた。同じ台詞がリスボンで上演された戯曲にもあるということだから、使い回しかもしれないが、それにしても、ジョスカンの名前やミサ《ラソファレミ》が没後も長いこと一般常識だったことは驚くべきことだ。もっともこの時代になると、ジョスカンの音楽が知られていたわけではなく、古い音楽の代名詞のようにジョスカンという言葉が使われていたのだという。それにしても大変な人がいるものだ。カルロさん、今はバッハのゴールドベルグ変奏曲についての著作を執筆中とのこと。さかんに英語が下手ですみませんと謝っていたが、発表は拍手喝采を浴びていた。

演奏会でも発表の中でも、取り上げられる曲の半分以上は自分で演奏した経験のある曲ばかりなので、話についていけないこともありながらも、大筋において大変興味深く、ジョスカンの偉大さ、「卓越性」を再認識。これだけの碩学が生涯かけて研究を続ける価値のあるものなのだ。とはいえまあ、研究は研究、演奏ではない。これだけ一人の作曲家についていろいろなことを聞いていると、一匹の珍しい生き物を、何人もの学者がメスを手に取り囲んで、それぞれに解剖して観察したり、議論を交わし合ったりしているような気分になってくる。研究というものはそういうものなのだろうし、それでいろいろなことがわかるのだから、これは尊いことに違いない。でも・・・数小節のフレーズの「卓越性」について様々な専門用語を駆使して、得意満面に美しい英語で詳細に解説しているのを見ると、歌で聴いてもらえば、それで今の説明の何十倍ものことがわかるのに、と思ってしまうこともないとはいえませんが。まあ、そういう分析的な耳で聞けるようになることも大事だし、どこが他の作曲家と違うのか、ということを知的に把握しておくことは、演奏する側にも必要だろう。

とにかく古い音楽の場合は、楽譜だけあってもまともな演奏は出来ないのだし、それ以前にそもそも楽譜を演奏可能にするためだけにも音楽学の助けが必要なのだから、これは大変ありがたい人たちなのである。演奏家としては、この大議論から実際の演奏の場に役に立つものを引き出して使わせていただくということ。歴史的社会的な関連を知ることで、作品の理解を深めるということ、そして作品の背景にある様々な隠された情報を演奏家と観衆とで共有して、作品の深みに迫るということ。
とはいえ演奏の現場で実際に必要な理解については、音楽学ではわからないことがたくさんある。例えば、ムジカ・フィクタ。唯一の解決は存在しない。フランスに帰ってカペラの演奏を聴いて、マリアンヌは今頃憤慨しているかもしれない。でも、それはそういうものなのです。

何人かの学者さんに今回訊いてみて、回答が得られなかったことに、ミサ曲などでの一つの音価を長く引き延ばす定旋律に対する、歌詞のつけかたがある。原典には何も書かれていないことがほとんどで、ミサの歌詞を全部のせることはできないので、工夫が必要なのだ。一つの方法は原曲の歌詞、それがシャンソンならフランス語の歌詞をその声部だけ歌うということ。もう一つは任意の母音でヴォカリーズする、あるいはミサの歌詞の中から、前後関係から適当な言葉を選んでつける、あるいは長い音価を適当に分割して、もともと一つだった音にたくさんの歌詞を入れていく、はては楽器で演奏する説に到るまで、いろいろ。それぞれに意見分かれ、誰も、決定的な答えは出来ず。ラテン語の発音についても「よくわからない」「専門家の間でも意見分かれる」。
ああ、よかった、私としては、これ幸いとばかりに、自分でいいと思ったようにやるだけ。もちろん、それ以外にもクリエイティブにやっていかないかぎり、演奏なんて出来ない。学問で何がわかっているのかをきちんと知った上で、あとは音楽家としてのインスピレーションで、作品自身が一番喜んでくれるような演奏をするのである。
そういう、創造性にあふれた演奏を、やっと最終日の最後に聴くことが出来た。以前ユトレヒトで聴いた時の印象が大変悪く、全く期待していなかった、イタリアのラビリントだ。総勢12名で、昨晩までの各パート一人ずつのヒリアード・スタイルとは異なる。ユトレヒトでヤープ・ファン・ベンテムの後任としてルネサンス音楽史を教えている若いエリック Eric Jas が「なぜみんな一人ずつでやりたがるのか理解できない」と嘆いていたが、歴史的には宗教曲の場合、各声部2人以上で演奏するのが普通であるということである。一人ずつの編成の良さはあるが、今までの3つの演奏ではどうもそれが裏目に出ている様な場面が多かったので。ラビリントは肖像画発表のテストリンが、ものすごいジェスチャーで指揮をして、ほとんど合唱団。彼はもうジョスカン大好きでたまらない、といった風で、時に恍惚としながら指揮をしていた。その効果あって、また、イタリア人ということもあり、なかなか情感豊か。テンポや強弱法なども工夫こらしたところあり、5声のサルヴェ・レジーナなどで、不覚にもちょっと目頭うるうるしそうになった瞬間もあり。最後に演奏されたミゼレーレは反復モチーフの Miserere mei Deus が出てくる5声の箇所だけ全員で、それ以外をソロで演奏、コンチェルトのような効果があって、とてもおもしろかった。最後の一節はもちろんモルトォォ・エスプレッシーヴォォォォ。ちょっとやり過ぎじゃありませんか、というほどだが、これはこれでイタリアのジョスカンということで楽しめる演奏でした。音楽は心ですよね、最終的には。テストリンの心がジョスカン愛で一杯になっているから、こういう演奏が出来るわけです。
とはいえ、歌手の声はばらばら、二人のカウンターテナーは歌詞がよく聴き取れないくらいに柔らかく、こもり気味な声、これは珍しいですね。むくつけきバスの諸氏は母音がブルドックのように垂れ下がった感じ、重厚というか、どうも重いなあ。テノールは輝く透明感のある美声が一人、歌心たっぷり、歌い回しもあざやかでほれぼれだが、ほとんどその人のコンチェルトのようで。この様子を評してヤープ・ファン・ベンテムは、「ポリフォニーがよく聞き分けられて、素晴らしい」。そうくるかー。
テストリンも情熱的なのはいいが、私には拍節感が強すぎる指揮で。二人だけのデュエットまでそんなに振らなくてもいいのに。これじゃアンサンブルやりにくいのでは。まさに指揮者と合唱団という構図で、この音楽は、それでは限界があるのです。
4つの演奏会どれも考えさせられるものばかりだったが、わがカペラはこういう問題は一切ないのです。これらの正反対のアプローチで、ずっとずっと素晴らしいのです。と言いたいところだが、カペラはカペラで彼らにはない弱点があり、それはそれで今後精進し続けていかなくてはいけない、あるいは、この種の音楽を、徹底したアプローチで演奏するかぎり、解決しきれない、根源的な問題もある。さまざまな矛盾を抱えながら、それでも船を漕ぎ続けよう・・・

c0067238_15495611.jpgこの日の演奏会はミッデルブルグから車で15分ほどのところにある海沿いの街フェーレ Veere の、かつての大教会で行われた。いにしえの繁栄を物語る巨大な教会はそもそも未完だったらしいが、もう何百年も教会として使われていない。フェーレの街はまるでおとぎの国のように美しく、早めに着いておのおの散策して楽しんだ。堅固な城壁が残されており、重要な港町だったことがわかる。やはりゴシック様式の市庁舎も、高い塔を聳え立たせて、どこからでも見える。

最終日ということで演奏会後、城壁の突き出した先端にあるオランダ最古の酒場といわれるレストランの2階で、参加者全員で打ち上げパーティーがあった。

c0067238_15483742.jpgいろいろな論文を読ませていただいていて、またプリンストンの時からその人となりを見て、実は心から憧れているボニー・ブラックバーン女史 Bonnie Blackburnに、この機会にと思い切って自己紹介をした。ボニーはヴィレム・エルダースやヤープ・ファン・ベンテム、あるいは今回も完全に学会の主といった様相だった、デュファイやジョスカン学の重鎮デイヴィット・ファロウズ氏 David Fallows 同様、この世界の長老で、すばらしい学者。慎ましやかで口数少なく、グループの中でも他の人と若干距離をおきながら、いつも同行しているパートナーの天才的学者レオ・フランク氏と寄り添いながら、楚々と振る舞って、素敵なおばあさまなのだ。それでいて発表のコメントなどでいったん口を開くと大変鋭い指摘で、広汎な知識と、深い洞察眼を感じさせる。とてもお近づきになれるようなお方ではないと思いつつも、ここにいたって一言も交わさないのは悔しいので、だいぶ酔いがまわってしまったあとで、そもそも苦手な英語で、ろれろれしながらカペラのことを語ったり、日頃疑問に思っていることを尋ねたりした。学者様方の中でカペラを評価してくれる人がどの位いるかわからないが、ボニーにはわかってもらえそうな気が前からしていたので、オックスフォードのご自宅の住所を教えてもらって、CD を送る約束をした。最後に「自己紹介をしてくださって、ありがとう」と言われ、夢見心地で宿へ向かう。
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つづき
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by fons_floris | 2009-07-29 14:55 | 花井哲郎
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